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沿革,位置・面積

更新日 平成27年5月26日ID番号 K2835

沿革

本市が位置する地域は、庄内川に沿って発達したもので、石器その他の出土品により、先史時代から人々が居住していたと思われます。市内には、二子山古墳、高御堂古墳など多くの古墳が残存し、内津、神屋、明知,御手洗など日本武尊にゆかりの地名、伝説も多く、大和王権の文化がこの地におよんでいたことをうかがわせます。

また、上条、下条といった地名は、条里制の名残りと考えられ、古代より、集落が形成されていたと思われます。古代末期から中世にかけて篠木荘、柏井荘など荘園が置かれ、江戸時代には、北部は犬山藩、南部は尾張藩に属していました。近世に入って、大池や落合池の築造、新木津用水、高貝用水の開さくなどの治水事業が行われ、新田開発が進みました。

市制の施行は、昭和18年6月1日で、太平洋戦争のさなかに、勝川町、鳥居松村、篠木村、鷹来村の4か町村が合併し、鳥居松工しょう、鷹来工しょうを擁する軍需産業都市として誕生しました。しかし、終戦により、農業の奨励や工場の誘致などに努力し、昭和25年、王子製紙春日井工場の誘致を機に、内陸工業都市として歩み始めました。

昭和33年1月には、新市町村建設促進法に基づき、高蔵寺町(23.86km2)と坂下町(21.26km2)を合併し、人口7万余、面積93.03km2(合併当時)の都市となりました。昭和30年代後半に入り、土地区画整理事業の推進、高蔵寺ニュータウンの建設が始まり、この頃から、住宅都市としての性格が強まってきました。このため、良好な居住環境の形成に重点をおいた都市づくりを進め、平成5年には、市制施行50周年を迎えました。平成13年4月には特例市となり、人口30万人を擁する中部圏の中堅都市として発展してきました。これまでの生活都市としての基盤を継承しつつ、第五次総合計画では、「人と地域が輝き、安全安心で躍動する都市」を将来像に掲げ、その実現に向けてまちづくりに取り組み、着実な前進を続けています。

春日井の歴史についての紹介

春日井市の歴史に関する刊行物の紹介

(企画政策課・文化財課の販売分をご覧ください)

位置・面積

位置

位置

本市は名古屋都市圏の北東部にあって、市役所の位置で東経136度58分20秒、北緯35度14分51秒、海抜24mで、名古屋市、小牧市、犬山市、瀬戸市、西春日井郡豊山町、岐阜県多治見市に接し、気候は一般に温暖です。

面積

市域は東西15.7km、南北13.7kmで、その面積は92.78km2です(面積は、平成26年に国土地理院が計測の基礎となる地図を2万5千分1地形図から電子国土基本図に切り替え、面積の精度が向上したことにより、92.71km2から修正されました。)。

 

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お問い合わせ先

企画政策部 企画政策課
電話:0568-85-6031
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