春日井とサボテン

ページID 1024776 更新日 令和3年8月16日

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 知っているようで意外と知らない「春日井」と「サボテン」の歴史。なぜ「サボテンのまち」と言われているのか。春日井サボテンの歴史とこれからの取り組みを紹介します。

なぜ「サボテンのまち春日井」なのか

始まりは「緋牡丹」

サボテン

 春日井市のサボテンの歴史は昭和28年頃、果樹栽培が盛んな桃山地区で、ある農家が「緋牡丹」という真っ赤なサボテンに魅せられ、桃やりんごなどの果樹栽培の副業としてサボテン栽培を仲間に提案したことから始まりました。

次から次へと様々な創意工夫でサボテン界に革命を起こす

緋牡丹の説明

 当時の実生栽培(種から育てる栽培方法)は発芽率も悪く、種のアルコール消毒など手間のかかる難しいものでしたが、消毒を行わない方法に成功。これにより手間とコストを削減し、実生の大量生産を可能にしました。
 また、赤く美しい色合いで人気があるものの、栽培が難しく高価だった「緋牡丹」。果樹栽培で培った接木技術を応用し、トゲ座のところを切ると出てくる小さな芽を、種子が安くてよく育つ「竜神木」に接木する方法を考案し、サボテンの大衆化に大きく貢献しました。

転機は伊勢湾台風

サボテン

 転機は昭和34年に発生した伊勢湾台風。台風で多くの果樹が被害を受けた一方、サボテンは被害が少なかったことから、それ以降の栽培主体をサボテンに切り替え、市内で広くサボテン栽培が普及しました。平成18年まで実施された「農林水産省作物統計調査」では、「サボテン及び多肉植物」の出荷量で全国1位となっています。
 

全国的にも珍しい実生栽培

実生栽培

 何百種類もあるサボテンはそれぞれ種をまく時期や注意すべきことが異なり、長年の経験を必要とするため、種から育てる実生栽培は全国的にも珍しく、春日井のサボテンを特徴づけることになりました。
 生産は第1次生産(実生づくり)、第2次生産(育苗)という分業形態をとっており、第1次生産者がサボテンの種を発芽させて6か月程度で第2次生産農家へ育苗を委託。第2次生産者が1年程かけて移植を行いながら育苗し、小苗~中苗(直径3~5cm位)まで育て上げ販売品とします。

実生栽培

「サボテンのまち春日井」としての取り組み

春日井サボテンイメージキャラクター

 春日井商工会議所が中心となり、春日井市と事業者が協力して平成18年に発足した春日井サボテンプロジェクトでは、サボテンを春日井市の特産品・ブランドとして位置づけ、サボテンイメージキャラクターを用いたPRや食用サボテンを使ったサボテン関連商品の開発などが進められてきました。
 今後は、春日井市が誇る地域資源であるサボテンをより身近に感じてもらうため、サボテンを見る・触れる機会を増やしていくとともに、サボテンの新たな需要を開拓し、「春日井サボテン」の魅力を市内外に発信していきます。

「春日井サボテン」のロゴマークでさまざまな取り組みを展開します

春日井サボテンロゴマーク

 春日井市観光コンベンション協会が「春日井サボテン」のブランド力をより高め、市内外に広めていくためのシンボルを募集し、決定したロゴマーク。中央には誰もがイメージするサボテンが、その周りにはモモや筆、ハニワなど、市にゆかりのあるものが配置されていて、春日井市の魅力が散りばめられたデザインとなっています。今後、ロゴマークを活用したさまざまな取り組みを展開していきます。お楽しみに!

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