小野道風

ページID 1010003 更新日 令和6年1月10日

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小野道風(おののとうふう)

小野道風肖像画(観音寺蔵)
小野道風肖像画 観音寺蔵

 小野道風(894年から966年)は、平安時代中期を代表する能書(書の上手な人)です。
 小野道風の家系、小野氏は遣隋使で有名な小野妹子を祖先として、岑守・篁・美材等の学者や能書を輩出した名族でした。
 幼いころから字が上手だった道風は、書をもって宮廷に仕え、数々の輝かしい業績を残しました。
 道風の日本書道史上における功績を一口で言えば、それまでの中国の書の模倣から脱して、日本の風土や日本人の感性にあった書を創始したことです。その優美な書は和様の書と呼ばれ、道風とともに三跡と称される藤原佐理に受け継がれ、藤原行成によって大成され、その後の日本書道に大きな影響を与え続けました。

小野道風年譜

西暦 年号 年齢 項目 官位

894
905
920
921
925
926

 


927

 

 


928


 

 

929
 

932
933
939
942
946
947
949
953
954
956
957
958

 

 

 


959

 


960
961


966

寛平  6
延喜  5
       20
       21
延長  3  

        4
   

 

        5


    

 

        6

 

 


        7
 

承平  2
        3
天慶  2
        5
        9
天暦 元
        3
        7
        8
      10
天徳 元
        2

 

 

 


        3

 


        4
応和 元


康保  3
 

    1
  12
  27
  28
  32

  33
 

 

  34

 

 


  35

 

 


  36


  39
  40
  46
  49
  53
  54
  56
  60
  61
  63
  64
  65

 

 

 


  66

 


  67

  68


  73
 

道風出生
初めて醍醐天皇に拝謁
能書により昇殿をゆるされた
 

醍醐天皇宸筆法華経供養の願文を清書した
入唐する僧寛建に中国に流布させるため菅原
道真・紀長谷雄らの詩文集と道風の行書・草
書2巻とを下賜された
小野則忠とともに薬師経・金剛寿命経・般若
心経を書写した
増命に静観の諡号を賜る宣命を清書した
この年以後智証大師諡号勅書を清書した
清涼殿南廂の粉壁に漢朝以来の賢君名臣の徳
行を書いた
屏風土代を書いた

屏風の色紙形を書いた
先年書いた賢聖障子を書き直した
この年以前に醍醐寺の額を書いた
大嘗会の屏風を書いた
康子内親王裳著の屏風を書いた
慈覚大師伝を清書した
宇佐使になった
大嘗会の屏風を書いた
六波羅蜜寺の金泥大般若経書写の助筆をした
坤元録屏風を書いた
一切経の目録および経26巻を書写した
橘直幹の申文を書いた
内裏の屏風を書いた
藤原師輔任右大臣大饗料の屏風を書いた
山城守に遷り、近江権介を兼ねたい旨の申文
を菅原文時に作らせて、清書して奉った
視力の衰えのため乾元大宝の文字を書くこと
ができなかった

藤原芳子入内の屏風を書いた
藻壁門の額字を書いた
内裏詩合の左右の詩を清書した
藤原師輔の家の障子の色紙形を書いた
 

昇殿をゆるされた
内裏の殿舎・門の額字を書いた
道風没
 


 

非蔵人
右兵衛少尉
少内記
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

内蔵権助、従五位下
右衛門佐、従五位下
右衛門佐、従五位上
 

 

 

 

 

木工頭
木工頭、従四位下
 

 

 

 

 

 

 

内蔵権頭、正四位下
 

 

内蔵頭、正四位下
 

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