日下部鳴鶴
天保9年(1838年)~大正11年(1922年)
近江の人。名は東作。字は子暘。内閣大書記官になったが退き、書に一生を捧げた近代随一の大家。 貫名菘翁(ぬきな すうおう)に師事。 楊守敬(ようしゅけい)、呉昌碩(ごしょうせき)らの影響を受け、格調高い書風を確立した。
出門先一咲 山色映征衣
身影如孤鶴 何天不可飛
門を出でて先ず一咲(笑)すれば 山色征衣に映ず 身影孤鶴の如し 何ぞ天に飛ぶ可(べ)からざらん
天保9年(1838年)~大正11年(1922年)
近江の人。名は東作。字は子暘。内閣大書記官になったが退き、書に一生を捧げた近代随一の大家。 貫名菘翁(ぬきな すうおう)に師事。 楊守敬(ようしゅけい)、呉昌碩(ごしょうせき)らの影響を受け、格調高い書風を確立した。
出門先一咲 山色映征衣
身影如孤鶴 何天不可飛
門を出でて先ず一咲(笑)すれば 山色征衣に映ず 身影孤鶴の如し 何ぞ天に飛ぶ可(べ)からざらん