春日井市情報公開・個人情報保護審査会答申(諮問第16号)
第1 審査会の結論
春日井市教育委員会(以下「市教育委員会」という。)が平成21年3月2日付け20春教学第1996-3号で一部開示決定を行った「平成20年度全国学力・学習状況調査に係る・実施概況(春日井市)・回答状況[学校質問紙](春日井市)」(以下「本件対象文書」という。)について、不開示とした部分は、これを開示すべきである。
第2 異議申立人の主張の要旨
- 異議申立ての趣旨
本件異議申立ての趣旨は、春日井市情報公開条例(平成12年春日井市条例第40号。以下「条例」という。)第6条に基づく開示請求に対し、平成21年3月2日付け20春教学第1996-3号により市教育委員会が行った一部開示決定を取り消し、開示しないこととした部分をすべて開示するよう求めるものである。 - 異議申立ての理由
異議申立人が主張する異議申立ての主たる理由は、異議申立書及び意見書によると、おおむね次のとおりである。- 全国学力・学習状況調査(以下「全国調査」という。)の目的として掲げている「教育に関する継続的な検証改善サイクルを確立する」ことや、「児童生徒への教育指導や学習状況の改善に役立てる」ためには、実態が開示され、市民・保護者へ説明されることが教育委員会や学校の「施策」の第一歩である。合わせて「結果は、学力の特定の一部であること」を伝えればよい。
教育の実態を市民・保護者が理解することは、公益性が高く、学校別の調査結果の開示による支障はない。 - 市教育委員会は、昭和30年代の事例を挙げて開示の「弊害」を指摘しているが、当時は教員の勤務評定等に結びつけられたことなどによるもので、市教育委員会が点数による予算の傾斜配分等の施策を講じることなどしなければ、「弊害」を考慮する必要はない。そして、調査結果の開示をしても誤解が生じないように説明することが、市教育委員会の本来の仕事であるはずである。
- 学校別の調査結果を不開示とした理由として、条例第7条第7号に該当するとしているが、同号の「当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの」については、春日井市「情報公開事務の手引き」によれば、「公にすることの利益と支障とを比較衝量した結果、公にすることの公益性を考慮してもなお、当該事務又は事業の適正な遂行に及ぼす支障が看過し得ない程度のものである場合をいう」とされ、また、「支障を及ぼすおそれ」は、「単なる抽象的な可能性では足りず、当該事務又は事業の適正な遂行に支障を生じることについて、法的保護に値する蓋然性が認められなければならない」としており、本件は該当しない。
- 各学校の調査結果を開示しても、特別に「序列化」や「過度の学力競争」を意図した施策を講じれば別であるが、そうでなければ、そのようなことにはならない。そのため、不開示とした理由には該当せず、開示すべきである。
- 市教育委員会は、「検査を受けた該当学年1学級というところが、6校ある」と記しているが、影響を考慮しているならば、当該6校を除いて開示すればよい。
- 「参加校からの協力」が得られなくなるというが、校長が参加及び不参加を決定することができず、市教育委員会が参加を決定していることから、不開示とした理由には該当せず、容認できない。
- よって、条例第7条第7号に該当しないため、個人情報部分を除き、すべてを開示すべきである。
- 全国学力・学習状況調査(以下「全国調査」という。)の目的として掲げている「教育に関する継続的な検証改善サイクルを確立する」ことや、「児童生徒への教育指導や学習状況の改善に役立てる」ためには、実態が開示され、市民・保護者へ説明されることが教育委員会や学校の「施策」の第一歩である。合わせて「結果は、学力の特定の一部であること」を伝えればよい。
第3 諮問実施機関の説明の要旨
諮問実施機関である市教育委員会の説明を総合すると、本件対象文書を一部開示とした主たる理由は、おおむね次のとおりである。
- 不開示の理由について
- 全国調査の調査結果の取扱いに関する文部科学省の通知
「平成20年度全国学力・学習状況調査の実施について」(平成19年11月14日付け19文科初第865号文部科学事務次官通知)における別紙「平成20年度全国学力・学習状況調査に関する実施要領」(以下「実施要領」という。)及び「平成20年度全国学力・学習状況調査の結果の取扱いについて」(平成20年8月22日付け20文科初第654号文部科学省初等中等教育局長通知)(以下「結果取扱い」という。)により、国、都道府県教育委員会及び市町村教育委員会は、個々の市町村名及び学校名を明らかにした調査結果は公表しないとの配慮事項に基づき、序列化や過度な競争につながらないよう取り扱うこととし、各学校の平均正答数、平均正答率及び回答結果を不開示としたものである。 - 調査結果の公開による学校現場における弊害
昭和30年代後半から行われた全国一斉学力調査では、そのデータによって地域類型における「学力格差」が明らかとなった。その結果、学校や自治体の競争意識が過熱し、テスト準備教育などの弊害が指摘され、強い批判を受けて昭和41年度調査をもって廃止された。
学校別の順位などの結果が比較可能になれば、学校及び教師は心的にプレッシャーを受け、テスト対策を行うおそれがあり、「生きる力」や「確かな学力」を身に付けさせることにマイナスに作用することが危惧される。さらには、学ぶ意欲や課題を解決していく能力などの育成が図られにくくなるばかりではなく、テスト成績重視の風潮を生み、学校現場における創造的な教育活動を畏縮させるおそれがある。
また、テスト成績重視の風潮が蔓延すれば、調査内容にかかわる教科が苦手な子どもは、順位や平均点に自分の結果が影響することをおそれ、調査を拒否したり、まわりからレッテルを貼られたりすることなどにつながり、不適応やいじめを誘発しかねない。さらに、通常学級に在籍する発達障がいのある子どもにとっても大きな負荷となるだけでなく、場合によっては人権問題にまで発展しかねない。
このように、学校別の調査結果を当該の学校や児童生徒、保護者以外に開示することは、過度の競争意識をあおることにつながるおそれがあり、健全な学校運営や調査活用に悪影響を及ぼす。
なお、本市の場合、学校規模が様々であり、当該調査を受けた学校のうち6校が1学級のみが対象となっており、学校のデータはすなわち学級のデータとなりうるもので、種々の結果を照合する作業を通して個人を特定できる確率が高くなる危険性をはらんでいる。 - 条例第7条第7号該当性
以上により、各学校の調査結果を開示することは、学校間や地域間の序列化を助長し、過度の学力競争をあおる結果になりやすく、また、参加校からの協力が得られなくなり、ひいては正確な情報が得られなくなり、調査の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるため、条例第7条第7号に該当するため、平成20年度の全国調査に関する「実施概況(春日井市)」及び「回答状況[学校質問紙](春日井市)」について、各学校の平均正答数及び平均正答率の数値、回答結果を不開示として一部開示決定したことは妥当である。
- 全国調査の調査結果の取扱いに関する文部科学省の通知
第4 調査審議の経過
審査会は、本件異議申立てについて、以下のとおり調査審議を行った。
- 平成21年3月2日 開示決定等の通知をした日
- 平成21年3月22日 異議申立てのあった日
- 平成21年4月24日 諮問のあった日
- 平成21年6月23日 諮問実施機関から意見書を収
- 平成21年6月26日 異議申立人から意見書を収受
- 平成21年7月10日 諮問実施機関の説明、審議
- 平成21年8月10日 審議
- 平成21年9月15日 審議
第5 審査会の判断の理由
- 本件対象文書について
異議申立人が、一部開示決定を取り消し、開示しないこととした部分をすべて開示するよう求めている文書は、平成20年度に実施した全国調査に係る「実施概況(春日井市教育委員会)」及び「回答状況[学校質問紙](春日井市教育委員会)」であり、本件対象文書中、諮問実施機関が不開示とした部分は、各小中学校別の教科別の平均正答数及び平均正答率並びに各小中学校別の学校質問紙の回答結果(以下「本件不開示情報」という。)である。 - 本件の不開示事由について
本件不開示情報を不開示とした理由について、諮問実施機関は、もっぱら条例第7条第7号に該当する事由があることを挙げており、同条の他の号の該当性については考えていないと説明している。
したがって、以下では、条例第7条第7号該当性について検討する。- 全国調査の結果を記載した公文書に関しては、平成19年度の全国調査の調査結果に関する文書についても不開示決定に対する異議申立てがなされた経緯があり、当審査会は、この不開示決定に係る諮問(諮問第10号)について調査審議し、平成20年11月10日付けで答申をしている。
当該答申における審査会の判断の内容は、以下のとおりである。- ア 諮問実施機関は、本件対象文書を開示することは、他の市町村の調査結果との対比により地域間の序列化を、学校別の調査結果を対比することにより学校間の序列化を、それぞれ助長し、過度の学力競争をあおる結果になりやすく、全国調査本来の主旨から逸脱するおそれがあるとし、その結果、参加校からの協力が得られなくなり、ひいては正確な情報が得られなくなり、全国調査の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあると説明する。
- イ たしかに、本件対象文書に掲載されているような情報の開示がなされれば、市町村ごとや学校ごとの学力差に児童生徒や保護者等が関心を抱いたり、児童生徒や保護者等に他校や他市町村との学力差を意識させて競争心を起こさせたりすることが起きる可能性が、一定程度は認められると考えられる。
しかし、このことが市町村や学校の「序列化」と呼ぶべき事態を招いたり、「過度」の学力競争をあおることになったりして、その結果、参加校の協力が得られず、正確な情報が得られなくなり、全国調査の適正な遂行に支障を及ぼす可能性があるとは、当然には考えられない。現に、栃木県宇都宮市においてはごく一部の小規模校を除く全小中学校が、また、東京都墨田区においては全小中学校が、各学校のウェブサイト上に学力調査の項目ごとの平均点等を掲載しており、学校間の対比が可能な状態になっているが、そのことにより学校の序列化や過度の競争が起き、学校現場で種々の弊害が発生したという事実は確認できない。
全国調査の情報開示については、鳥取県や大阪府などで開示の可否を巡って争いとなっていて、たびたびニュースにも取り上げられるなど全国的に強い関心が持たれているものであり、上記宇都宮市及び東京都墨田区の公表例も全国紙での紹介がなされていることからして、単に普通にウェブサイト上に掲載するのとは全く程度の異なる高い注目を集めているものと考えられる。それにもかかわらず、特に弊害が発生しているという話が聞かれないのである。 - ウ この点、学校選択制や学力テスト結果を反映した予算の傾斜配分制度が採られているような場合であれば、学力調査で高得点を得ている学校の人気が高まって学校の序列化傾向が強まったり、より多くの予算獲得を目指して過度の競争が行われたりするおそれも高まると考えられる。
しかし、春日井市においては、学校選択制も予算の傾斜配分制度も採用されておらず、今のところ採用の予定もないとのことであるので、この点の懸念も必要がない。 - エ また、全国調査に対する春日井市内各学校の参加については、市教育委員会が決定するものであって、各学校が自主的に参加の可否を決定することにはなっていない。したがって、開示がなされる結果、一部の参加校について協力が得られなくなるという可能性も考え難い。
- オ なお、上記のウェブサイト上での公開の例は、一つの市または特別区において行われていることであり、近隣市町村で同様のことが行われているわけではないため、市町村間での対比が可能になれば市町村間での序列化が生ずるという諮問実施機関の指摘には、直接関わるものではない。しかし、学力等が対比されることによって生ずる弊害は、学校間、クラス間、児童生徒間といったように、より小さな単位での対比になればなるほど大きくなるものと考えられ、上記のとおり、学校間の対比が可能な状況下でも特に弊害の発生が認められない以上、市町村間での対比が可能になったところで、公文書の不開示事由に該当するほどの「支障を及ぼすおそれ」が生ずるとは到底考え難い。
- カ 諮問実施機関は、開示により学校やクラス別の情報が順序化され公になれば、順序や平均正答率を上げるための健全な努力以外に、成績が悪い児童生徒に対する排除や差別、模擬試験を繰り返したり、答えを書き直させたりするなど不正な行為などが発生するおそれがあるとも指摘する。
- キ しかし、まず、「クラス別の情報」については、本件対象文書には含まれていない。他方、学校別の情報については本件対象文書中に含まれるものであるが、現にその公表が行われている上記の宇都宮市等においてそのような弊害の発生が見られないのであるから、諮問実施機関の指摘は根拠のあるものとはいえない。
- ク また、諮問実施機関が懸念するような事態が仮に真に発生するとするならば、それは、そのような行いをする教員において全国調査の趣旨・目的を正しく理解せず、不正行為等を行うこと自体が問題なのであり、諮問実施機関において適切に指導を行い、各教員が自戒することによって防止すべき事柄であって、そのような事態の発生のおそれをもって公文書の不開示事由とできるような性質のものではない。
- ケ さらに、諮問実施機関は、全国調査の趣旨・目的を生徒、保護者、市民等に正確に理解してもらうことは困難であるために開示すると弊害が生ずるとか、そのような事態を防ぐためには、本件のような情報は、「開示」ではなく、結果を分析検証し、その特徴や傾向、改善に向けた取り組み等をまとめたものを自主的に「公表」するようにすべきである等の主張も行っている。
- コ しかしながら、これは要するに、情報の受け手の理解能力不足により情報が誤解して受け止められ、間違った利用のされ方をするおそれがあるので、情報をむやみに開示すべきではなく、一定の意味付けをした上で情報を与えなければならないというものであって、市民の知る権利や情報公開制度の根幹を否定する発想であり、情報公開制度に基づく開示請求を拒否する理由として甚だしく失当である。
- サ 以上の諸点を合わせ考えると、諮問実施機関の指摘する「支障を及ぼすおそれ」は、あくまで抽象的な可能性の域を出ないものと言わざるを得ず、条例第7条第7号所定の不開示事由に該当するほどの法的保護に値する蓋然性があるものとは認められない。
- シ さらに付言するに、既述のとおり、条例第7条第7号にいう「当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの」とは、当該事務又は事業に関する情報を公にすることによる利益と支障を比較衡量した結果、公にすることの公益性を考慮しても、なお当該事務又は事業の適正な遂行に及ぼす支障が看過しえない程度のものをいうところ、本件対象文書が開示されることの影響は、単に、諮問実施機関が指摘するようなマイナスの面だけではない。児童生徒の学力・学習状況を分析し、教育施策の成果と課題を把握し、その改善に役立てるといった全国調査の目的に照らせば、これを一部の教育関係者のみが独占的に保持する情報とせず、広く保護者等の一般市民に情報を開示することには、保護者の教育意欲を高め児童生徒の学習状況の改善に資する等、それ相応のプラス面があることも否定できないはずである。
- このように、当審査会は、本件不開示情報と同種の情報について、調査項目の種別を問わず、これを開示したとしても全国調査の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるとは認められないと判断しているところ、各学校の調査結果を公表している栃木県宇都宮市や東京都墨田区を始めとした全国調査実施団体において、諮問第10号の答申以後現在に至るまで、諮問実施機関が主張するような、学校の序列化の助長や過度の競争の発生、さらには参加校からの協力が得られなくなったといった事実は確認されておらず、その他、上記の判断に変更を加えるべき特段の事情の変更は認められない。
よって、本件不開示情報についても、諮問第10号に係る答申の判断がそのまま妥当するものであり、条例第7条第7号に該当する事由は認められないと言うべきである。 - 以上により、本件対象文書につき条例第7条第7号該当性を肯定し、不開示とした諮問実施機関の決定は妥当ではなく、開示すべきである。
- 全国調査の結果を記載した公文書に関しては、平成19年度の全国調査の調査結果に関する文書についても不開示決定に対する異議申立てがなされた経緯があり、当審査会は、この不開示決定に係る諮問(諮問第10号)について調査審議し、平成20年11月10日付けで答申をしている。
- 結論
以上のことから、本件対象文書については、上記第1記載の審査会の結論のとおり判断した。
第6 答申に関与した委員
異相武憲、昇秀樹、堀口久、近藤真、吉岡ミヤ子