春日井市情報公開・個人情報保護審査会答申(諮問第7号)
第1 審査会の結論
春日井市教育委員会(以下「教育委員会」という。)が平成19年2月1日付け18春教学第1441号で不存在を理由に行った公文書不開示決定は、妥当である。
第2 異議申立人の主張の要旨
- 異議申立ての趣旨
本件異議申立ての趣旨は、春日井市情報公開条例(平成12年春日井市条例第40号)第6条に基づく開示請求に対し、平成19年2月1日付け18春教学第1441号により教育委員会が行った不開示決定を取り消し、すべての開示を求めるというものである。 - 異議申立ての理由
異議申立人が主張する異議申立ての主たる理由は、異議申立書及び意見書によると、おおむね次のとおりである。
(1) 本件開示請求に先行して、関係文書の開示を受けたところ、示談書には、担任教諭、学校長及び春日井市(以下「担任教諭等」という。)が連帯して10万円支払う旨の記載があり、示談内容について、市長以下の決裁印もある。そして、平成18年9月、春日井市長は市議会に対して10万円の支出を報告している。
(2) 連帯して支払うというのであるから、金額の多少はあれども三者が負担するものと考えるのであるが、仮に一者(本件では春日井市)のみの負担も同趣旨を逸脱するものではないとしても、当然、そこには三者による何らかの話し合いがあり、合意、結論が存在する。話し合い、合意もなく、春日井市が10万円を支払うという結論が生まれるはずはない。公金の支出という観点から考えても、合意文書が存在しないなどということは考えられない。
(3) 公金支出については、言うまでもなく、客観性、合理性がなければならない。そして、その会計行為のてん末は文書に記載されるべきものと考える。
(4) 教育委員会は、不開示理由意見書において、「個人的な過失というよりは業務上の過失である。したがって、春日井市に監督責任があると考えて、解決金については市が全額負担することにした。」と述べている。
今、この考え方は正しいとしても、連帯して支払うとした以上、三者の合意、確認が前提となるはずである。この合意、確認は、何らかの文書に残されなければならないし、残されたものと考える。
(5) そもそも、本当に、上記のように教育委員会が考えたならば、担任教諭等の三者で遺憾の意を表し、解決金として春日井市が10万円を支払う旨の示談書にすればよかったのである。
(6) 2006年(平成18年)第5回春日井市議会において、教育部長は「一切の解決金として10万円を支払うことで示談となったものであります。」と、10万円の専決処分に関して報告している。
春日井市が10万円支払う旨の示談をしたのではないから、議会報告として正確さを欠く点はあるが、この報告に先行して、上に記したように三者の合意、確認がなされているならば、容認できるものと思われる。当然何らかの合意、確認を前提として、この議会報告がなされたものと考える。
(7) よって、公文書を保有していないなどということは考えられず、文書は存在すると考えられるので、請求文書の開示を求める。
第3 諮問実施機関の説明の要旨
諮問実施機関である教育委員会の説明を総合すると、本件開示請求に対し公文書不存在により不開示とした理由は、おおむね次のとおりである。
- 示談に係る事故について
示談に係る事故については、平成14年に小学校で発生した教諭の児童に対する教育指導上の事故(以下「本件事故」という。)を原因として、平成17年に担任教諭等に対し損害賠償請求訴訟(以下「本件訴訟」という。)が提起され、平成18年に示談書を締結し、和解に至ったものである(本件訴訟は取下により終了)。 - 本件事故による損害賠償責任に関する考え方について
本件事故は、公務員の職務上の行為に起因するものであり、国家賠償法(昭和22年法律第125号。以下「法」という。)の規定に基づき、使用者である春日井市に賠償責任があるものと考えて、担任教諭及び学校長に故意又は重大な過失があれば求償権を行使することになるものであるが、春日井市としては、本件訴訟が提起された当初から、担任教諭及び学校長には故意又は重大な過失はなかったと判断し、解決金については春日井市が支払い、求償権についても行使しないものと考えていた。 - 示談書締結の経緯について
示談を成立させるに当たっても、春日井市としては、当初は、示談書において担任教諭及び学校長には謝罪の意思を示してもらい、解決金については春日井市が支払う内容の示談書を作成することを考えていた。しかし、相手方本人(特に児童の保護者)が、解決金支払の条項についても春日井市だけでなく担任教諭及び学校長を連記することに強いこだわりを示し、このことが原因で示談の成立が危ぶまれる状況になったことから、相手方弁護士と解決点を探ったところ、春日井市が単独で解決金を支払うことは相手方弁護士も理解した上で、支払条項につき3名連帯してと記載することとなったものである。 - 公文書の不存在について
以上のように、本件事故は個人的な過失というよりは業務上の過失であり、教育委員会に監督責任があると考えて、解決金については春日井市が全額負担することにしたので、示談書の締結に際して、担任教諭等での話し合いは行われておらず、異議申立人が請求した公文書は作成していない。
したがって、異議申立人の言う「いかなる経緯で、あるいは理由で、このような結論になったかを示す文書」は作成されていないために存在せず、また、担任教諭等による合意文書も作成されていないため存在しない。よって公文書を保有していないときに該当する。
第4 調査審議の経過
審査会は、本件異議申立てについて、以下のとおり調査審議を行った。
- 平成19年2月1日 開示決定等の通知をした日
- 平成19年2月4日 異議申立てのあった日
- 平成19年3月26日 諮問のあった日
- 平成19年5月2日 諮問実施機関から意見書を収受
- 平成19年5月16日 異議申立人から意見書を収受
- 平成19年6月6日 諮問、諮問実施機関の説明
- 平成19年7月11日 審議
- 平成19年8月1日 審議
第5 審査会の判断の理由
- 本件対象文書について
異議申立人が開示を求めている公文書は、異議申立人が本件開示請求に先立ち開示決定を受けて得た示談書の記載内容に関するもので、示談書に本件訴訟の被告である担任教諭等が原告に対して解決金を「連帯して…支払う」と記載されているにもかかわらず、春日井市が全額負担していることについて、その経緯、理由及び結論を示す文書並びに担任教諭等の合意文書(以下「本件対象文書」という。)である。 - 公文書不開示決定の妥当性について
これに対し、教育委員会は、本件対象文書は作成されていないため存在せず、公文書を保有していないときに該当すると説明することから、以下これについて検討する。
(1) まず、当審査会においては、実際に本件対象文書の存在が確認できないか否か、調査を行った。
訴えの提起から示談書の締結に至る期間に該当する平成17年度及び18年度の諮問実施機関における文書ファイル一覧によって諮問実施機関が保有するファイル名を確認したところ、本件訴訟に関するファイルとして2つのファイルの存在が認められ、当該ファイル以外に本件訴訟に関連すると思われるファイルの存在は認められなかった。
そして、本件訴訟に係る2つのファイルを検分したが、本件異議申立人が開示を求めている文書については存在を認めることができなかった。
さらに、諮問実施機関が保有している文書の調査に加えて、本件が訴訟を経ている案件であることから、市において訴訟を総括する市総務部総務課の保有するファイルについても検分した。これについても、同様に、本件対象文書の存在は認められなかった。
(2) 上記(1)のとおり、当審査会としては、実際に本件対象文書の存否を調査してその存在を確認することができなかったものであるが、さらに進んで、本件対象文書は最初から作成されていないとする諮問実施機関の説明の当否について、検討を加えるものとする。
ア 法第1条の定めるところによれば、公務員がその職務を行うについて故意又は過失により違法に他人に損害を加えた場合には、国又は公共団体が被害者に対して損害賠償の責任を負い、加害公務員個人は、直接被害者に対して損害賠償責任を負うものではなく、国又は公共団体は、当該公務員の行為に故意又は重大な過失があった場合に限り求償することができるものとされている。
本件事故は、学校における教育指導上の事故であって、公権力の行使に当たる公務員の職務上の行為に起因するものであると認められる。したがって、本件訴訟の被告ら内部における求償関係の存否は別として、少なくとも相手方に対する関係で法的に賠償義務を負っているのは、三者のうち春日井市だけである。
それにもかかわらず、上記のとおり、本件の示談書の支払条項には担任教諭及び学校長までもが相手方に対する支払義務者として名を連ねるものとなっている。このことからすると、その作成経緯について、上記「第3」の第3項に記載したような事情があったということは十分に窺い得るところであり、この点に関する諮問実施機関の説明が不合理なものであるとは言えない。
イ ところで、本件の示談書においては、支払条項中に「連帯して」との文言が挿入されており、異議申立人はこの点を重視して、三者の分担についての合意文書が存在すると推認しているものとみられる。
しかし、この「連帯して」という文言は、相手方に対する関係で本件訴訟の被告ら三者がそれぞれ全部義務を負担していることを示すためのものであって、当事者双方に弁護士が付いて示談書を作成している以上、支払義務を定める条項中にこの文言(ないしは「各自」。いずれでも法的な意味に差異はない。)を入れるのは当然のことと言える(逆に、この文言が落ちていれば、相手方に対する関係でそれぞれが3万3333円ずつの支払義務しか負担していないこととなる。)。
「連帯して」という文言の通常の日本語としての意味は別として、この場合における用法としては、必ずしも三者が一部ずつを分担することを含意しているものとは解されない。
ウ 以上のとおり、本件の示談書に基づく合意により、春日井市は、指定された期限である平成18年7月20日までに金10万円を支払う義務を相手方との関係で負担していたことになる。
この義務は、本件訴訟の被告ら三者間における負担に関する合意の存否如何にかかわらず履行しなければならないものである。したがって、春日井市がその履行をしたこと自体を問題にする余地はない。
ただ、諮問実施機関の説明内容に照らすと、本件においては、示談書作成の段階において既に、解決金の支払は春日井市が行い、担任教諭及び学校長はこれを行わないことが、黙示的には合意されていたと理解することが可能である。
複数の者で金銭の連帯支払義務を負担する内容の示談について、内部的には公共団体たる春日井市一人がその全部の義務を履行する旨の合意ができていたということになると、それが公金の支出を伴うものであることに鑑みれば、示談金額の多寡その他の事情によっては、単に口頭ベースでの合意をもっては足りず、当事者間において合意文書を取り交わしておく必要があるものと考えられる。
もっとも、本件の場合には、示談金額が10万円と比較的少額であることに加え、上記のとおり支払条項を三者連帯の形にしたのが専ら相手方の納得のための対処であったことが窺われることからすれば、三者が当然の前提と考えていた事項に関して特に文書化がなされていなかったことについて、必ずしも不適切な処理であったと言うことはできないものと考えられる。
(3) 以上のとおり、当審査会としては、本件対象文書の存在を確認することはできず、また、本件対象文書を保有していないことに関する諮問実施機関の説明内容が不合理であると認めることもできなかった。 - 結論
以上のことから、本件対象文書については、上記第1記載の審査会の結論のとおり判断した。
第6 答申に関与した委員
異相武憲、昇秀樹、堀口久、熊澤香代子、近藤真